2018年2月16日 (金)

捏造

 
 
検察にとって取り調べは最終段階に入っているといっても良い状況です。私は暗くなった 19:30 頃に留置場から駆り出され、警察車両に乗せられて再び事故現場へ赴くことになりました。
 
今回は今までの実況見分とは違い、交通を一時的に封鎖して行われました
 
事故当時の状況を出来るだけ再現するために事故に至ったルートを実際に車で走り、信号を確認した位置を特定するのですが、如何せん、事故当時の私の走行速度が90kmということもあり、さすがにそこまでのスピードを出すことはできません。
 
それでも警察はギリギリまでスピードを上げて対応していました。法廷速度を若干オーバーするくらいまでは出していたと思います。
 
そして、私が信号を確認した地点までくると、水が入ったビニール袋を窓から落とします。何ともチープな手法ですが、これを3回程繰り返しました。
 
 
 
この実況見分で一番印象に残っていることがあります。
 
 
 
警察が信号の数10メートル手前で
 
 
「ここからあそこの信号が見えるか?」
 
 
という風に聞いてきたので、
 
 
「はい、見えます。」
  
 
と私は普通に答えたのですが、それが起訴後に弁護士から見せてもらった資料では、
 
 
「ここで赤信号を確認した。」
 
 
という証言にすり替わっていたのです。
 
 
 
 
いわゆる 「捏造」 ですよ。
 
 
 
 
私はその地点で赤信号を見たとは一言も言っていません。信号が見えるかと問われたので見えますと普通に答えただけです。それがいつの間にか 「赤信号を見た。」 という証言に変わっているなど誰が想像できましょうか?
 
 
 
「これが警察のやり方か・・・」
 
 
 
私は面会に訪れた弁護士と顔を合わせ、ため息をついたのでした。
 
弁護士はこのような警察のやり方を知っていたから 「調書内容に少しでも納得できなければサインはするな!」 と執拗に忠告してきたのでしょう。
 
 
私がそこで感じたのは、警察にとって
 
 
 
「事実は必ずしも真実である必要はない。」
 
 
 
ということです。
 
 
 
 
 
この言葉の意味をお分かりになるでしょうか?
 
 
真実は一つです。しかし、真実とは最早過去のもの。
 
 
それに対して目の前にある事実は後からどのようにでも作り変えることができ、更にその歪曲された事実によって幾らでも真実を覆い隠すことができるんです。そして警察や検察といった機関には、それを可能にする国家権力という強大な力があります。
 
 
 
それならば、警察や検察を相手に真実を述べたところで、自分には何らメリットがないことになります。正直者がバカを見るというのは正にこのことで、最初から保身のために嘘をついたほうが余程有益ですよ。
 
 
ここから私の警察に対する見方は変わっていきました。しかし、留置場の看守を担当している警察官は日頃から被疑者と接触する時間が長いため、被疑者に対する思いやりというのを感じます。
 
これは刑務所でも同様ですが、受刑者と接する機会の多い刑務官のほうが受刑者に対して情が湧きやすいといえます。
 
 
余談ですが、留置場で私が入れられている部屋は、看守が使用しているデスクの目の前だったんです。そこでは看守である警察官同士の雑談が嫌でも耳に飛び込んでくるのですが、そこで聞き捨てならない一言を耳にすることになりました。
 
 
「警察の常識は世間の非常識だからね。」
 
 
こんなことを警察官同士が話していたんです。
 
もちろん警察内部の事情を知らない私にとっては、警察における常識・非常識が一体どのようなものなのか、全くもって知る由はありません。
 
しかしながら、多くの国民にとって警察は弱者の味方であり、悪人を成敗し治安を維持する目的で活動をしているという認識ではないでしょうか。その警察の常識が世間の一般常識から大きくかけ離れているとするならば、それは社会的にもかなり問題があると言えるはずです。
 
少なくとも一般人の価値観ではそのようになるでしょう。
 
それとも犯罪者相手ならば、どのような卑劣な仕打ちをしても許されるのでしょうか?
 
 
 
警察の話とは異なりますが、名古屋刑務所で看守が消防用のホースを受刑者のお尻に向けて放水し、それによって受刑者が死亡したという話があります。これは名古屋刑務所に収監されていた者なら殆どの人が知っている事実でしょう。
 
 
このニュースについては 「名古屋刑務所 事故」 とか 「名古屋刑務所 暴行」 などのワードで検索すると容易にヒットすると思います。
 
 
 
刑務所という狭い世界では、話が広まるのがあっという間です。実際に私も名刑から移送されてきた人からその話を聞いたので、刑務所間で受刑者の移送が頻繁に行われている以上、この話題は名古屋刑務所のみならず、全国の刑務所に一気に拡散されているはずです。
 
 
受刑者が死亡したあとは事故として扱われ、一旦はその事実を揉み消されそうになったものの、受刑者の多くが一斉に声を上げたため、後に大きな騒ぎとなったそうです。
 
犯罪者は文字通り犯罪を犯して捕まっているのですから、言わば自業自得です。そういう意味では、多少酷い仕打ちを受けたとしても仕方ないとは思います。
 
しかしながら、人としての権利をも奪うこのような行為は、いくら警察官や刑務官とて許されるものではありません!
 
フィリピンのドゥテルテ大統領が過激な政策で犯罪者を大量に刑務所にブチ込んだり、「起訴 → 裁判」 なしで死刑にするなど凶悪犯罪者の一掃に取り組んでいる模様ですが、国民から支持されつつも一方では多くの反感を買っているという事実もあります。
 
 
さすがに日本でそのような強引なことは行われないでしょうが、犯罪者が増え慢性的に刑務官の数が足りないという状況下にある昨今では、「PFI 刑務所」 と言われる官民協業の刑務所が増えつつあるのが現状です。
 
 
「PFI」 というのは 「Private Finance Initiative」 の頭文字をとったもので、民間企業の資金とノウハウを利用して施設の運営を行う形態の刑務所です。従事しているのは民間の人達ですが、彼らの仕事は所内の清掃や食事の給食業務、他に受付や警備など主に施設の運営が中心で、実際に受刑者へ刑罰を執行するのはもちろん国が認めた刑務官です。
 
この 「PFI 刑務所」 の良い部分は、受刑者に対する職業訓練プログラムにも民間企業のノウハウが活かされているという点でしょう。受刑者が出所後速やかに就職できるようにするには、実際に企業で行われているような研修プログラムを受講させるのが一番です。
 
元々は受刑者の増加に伴う刑務官不足を解消するためというのが目的だったみたいですが、結果として受刑者もそのメリットを享受できるようになっているのが良いですね。
 
しかし、この 「PFI 刑務所」 には誰でも行けるわけではありません。比較的軽微な犯罪で更生見込みがあり、さらに本人の適正なども問われるので、全受刑者の中でも模範囚といえるような人物しか認められることはないでしょう。
 
 
ここでは警察における事実の歪曲や捏造といったことを中心に話を進めてきました。殆どの人は警察のお世話になることなど無いと思っていますが、ひとたび被疑者サイドへ立場が暗転すると警察の対応がガラッと変わるということ、それだけは覚えておいたほうが良いと思い記事にしてみました。
 
 
 

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