2019年1月17日 (木)

開廷 ④

 
 
被害者参加制度が認められることにより、裁判自体にどのような影響があるのかというと?
 
 
被害者感情が大きくクローズアップされますから、事件の重大性、悪質さがより顕著に感じられるようになります。それは当然ながら被害者の優位性を示すことになり、判決にも影響するというは言うまでもありません。
 
 
検事も勿論そのつもりで被害者側の参加を求めたのでしょう。
 
 
 
 
 
裁判の後半になると被害者の母が登壇し、被害者自身に代わって今回の事件について語ることになりました。
 
 
 
この裁判が行われた時には被害者の意識はすでに戻っていて、会話もできるくらいになっていたようです。しかしながら事故当時のことはほとんど覚えておらず、また重症を負っており、とてもじゃないが出廷できる状態ではない。
 
そのため被害者の両親が出廷したというわけです。
 
 
 
 
被害者本人ではありませんが、被害者サイドの意見を直接聞くことができるので、さぞかし辛辣な言葉が飛び出してくるのだろうなと思っていました。
 
 
しかし・・・
 
 
 
 
 
被害者の母は徐に(おもむろに)ポケットからメモを取り出し、そこに書かれた文面を、緊張を押し殺すように静かに読み始めたのです。
 
 
 
え?
 
何が始まるの?
 
 
 
本当にビックリしました。
  
 
 
 
 
作文の冒頭は、被害者(娘)の生い立ちです。
 
何年の何月何日に生まれ、その後どのように育ち、どんな子だったか?
 
学校では何を専攻していて、家庭ではどのようなことを話し、どんな性格の子だったのか?
 
好きなアーティストは誰で、何を趣味にしていたのか?
 
毎日何を考え、どのような生活をしていたか?
 
 
 
そんな話が延々と続きます。
 
 
 
我が子との思い出に浸るように、事故に至るまでの本人の略歴を、自ら書き連ねた文章を、ただ淡々と読み進めていくだけです。
 
実際の事故に触れたのは、後半のほんの少しだけ・・・
 
 
 
 
一体何なの!?
 
 
 
被害者は死んでないよね?
 
 
これじゃ完全に通夜じゃないか!? 
 
 
 
 
 
確かに今回の事故で被害者は重症を負い、今後の人生に関わるほどの甚大な損失を被ることになりました。それはもちろん私のせいです。
 
 
 
 
しかし、被害者側には大変申し訳ないのですが、多くの非難、罵詈雑言を浴びるであろうと覚悟していた私にとっては、被害者サイドの陳述は全く予想だにしないものでした。
 
 
 
 
加害者の私が言うのもおかしな話ですが、
 
 
 
こんなんで被害者の気持ちが伝わると思いますか?
 
 
文章を読むのに余りにも必死過ぎなんですよ。
 
 
 
 
 
 
 
政治家や企業の不祥事で会見をする場合などもそうですが、メモをただ読み上げるだけの淡々としたもので、果たしてその人の本意が国民にしっかりと伝わるでしょうか?
 
 
伝わりませんよね?
 
 
少なくとも私はそう思います。
 
 
 
 
彼女にとっては、可愛い我が子との思い出を必死に書き留めてきたのでしょう。それはよく解ります。
 
また、裁判という多くの人には非日常ともいえる状況で、ひどく緊張しているのは仕方ないかもしれません。実際に声がかなり震えていましたからね。
 
 
 
しかし、それは私も同じなんですよ。
 
 
 
 
逆に被告人である私なんかメモを持つことすら許されないんですから、立場的には私のほうが圧倒的に不利なんです。
 
 
 
 
その私が法定で自分の言葉を使って堂々と話をしているのに、精神的にも優位になっているはずの原告側がそのような振る舞いなのだから、こちらとしては完全に拍子抜けです。
 
 
私とて、この事件については大きな罪悪感を抱いています。被害者の人生はもちろん、自分の人生をも自らの手で台無しにしてしまったのですから、その後悔の念が消えて無くなることはないでしょう。
 
 
 
だからこそ裁判官や周囲の人たちのみならず、加害者である私の心も揺さぶるほどの強い想いをぶつけてほしかった。
 
そんな言葉が彼女の口から出てくることを覚悟していたのに、実際はどうでしょうか? 
 
 
 
語気を荒げることもなく、同じ口調でひたすら文面を読み上げていくだけ・・・
 
 
しかもその話がやたらと長いんです。
 
 
 
 
 
せめてたった一言でもいいから、メモなんぞ読まずに精一杯声を振り絞れば、聴衆の心に深く突き刺さったかもしれません。しかし、残念ながら始終メモをなぞらえるだけで、そのような言葉は最後までありませんでした。
 
 
 
こんな言い方をして酷い奴だと思われるかもしれません。だからと言って、私が反省していないわけではありません。しかしながら、彼女の語りから伝わるものは特にありませんでした。裁判官がどう思ったのかは知りませんがね。
 
 
前述した通り、裁判官が誰よりも感情的になっていたので、恐らく裁判官の心には響いたのかもしれませんね。
 
ま、裁判官が感情剥き出しとかどうなの? って思いますけど、被害者サイドにしてみれば成功だったのかもしれません。
 
 
 
 
判決は約一か月後です。
 

 
 

«開廷 ③